Handheld Graphing Technology at the Secondary Mathematics;
Research Findings and Implications for Classroom Practice
 
     ― 米国におけるグラフ電卓活用に関する調査研究 −


Research Study by a group of Michigan State University -
Gail Burrill (Director), Jacques Allison, Glenda Breaux, Signe Kastberg, Keith Leatham, Wendy Sanchez -- May / 2002



要訳 by Hide Negishi 根岸 秀孝 
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訳者注釈:
 この論文はこれまでに米国で発表された約180の調査研究論文のなかから、下記にリストされた設問への示唆、回答となりうるもの43論文を選択し、その精読をとおして、現在、数学教育界で話題となっている Handheld Graphing Technology (グラフ電卓等携帯サイズのテクノロジー)活用教育が、中高生の数学学習において、いかなる意義、効用が認められるかを総括するものである。

    1) Teacher knowledge and beliefs about handheld graphing technology
2) Nature of student use of the technology
3) Relationship of the technology to student achievement
4) Gains made by students using the technology
5) Influence of technology on diverse student populations


 “要訳”としたのは、本論文は全116頁に及ぶ報告書で、その概要としての”Executive Summary” の部分の訳のみである。付帯資料としては、精読された各調査研究の概括が添付されているが、その訳はこの日本語版には載せていない。また、各項のタイトル、質問事項については、その内容が訳によるニュアンスの違いとなることを省くため、日本語訳とせず原文のままにしてある。


Overview

The research results provide findings in the following areas:

Comprehension
 調査研究によれば、携帯サイズのグラフィング・テクノロジー(以下グラフ電卓と表記する)活用を意図した教科教程、教材にのっとり学習している生徒たちは、これを活用しない学習者と比較して、次の学習項目においてより良い理解度を示している。関数、変数、文章問題における代数の問題解決、グラフが意味する数理等において。テクノロジー活用に十分な機会がない生徒、あるいは一切利用しない生徒に較べて、常日頃グラフ電卓を使用している生徒の方がより多くの理解を得ている。


Equity
 Equity - 公平性に関した調査研究は少ない。他の調査項目と相混ざった調査によれば、テクノロジー活用に関する男女間の差異は認められない。しかし、いくつかの調査研究によると女生徒のほうが男子生徒よりは、グラフ電卓を活用することで、能力向上が顕著であるという報告もある。また、いくつかの調査研究では、グラフ電卓を通常の道具として使っている生徒のほうが、そうでない生徒に比較して、学力向上の度合いが高いという利点が認められる。さらにグラフ電卓の効用として、学力の高・低グループ間のギャップを埋めるという効用も見えている。


Professional Development

 単にグラフ電卓の機能について生徒たちにガイドしている教師の場合、授業のなかで効果的に学習に融合され成果を生み出す結果には結びついていない。授業において、どのように使うことに価値があるかの理解を深めるような、かなりの教師研修の努力が不可欠といえる。


Usage
 早く正確なグラフが生徒たちの問題解決を助けるという点での証左は多くの調査研究から読み取れる。どのようなことは筆記の展開で、どのような場合は道具としてのテクノロジーで、ということに不確かな生徒たちにみられるのは、もっと十分にテクノロジーを使った方がよいといえることも、いくつかの調査は示唆している。また、こういう指摘もある。十分な考慮なしに、表れた結果を鵜呑みにしてしまう生徒がいることについては、十分な配慮が必要である。


Approach
 グラフ電卓をよく活用できる生徒は、その問題解決において、また探求活動において、そうでない生徒よりは、より柔軟な戦略をたてることが出来るということを調査は示している。


Mathematical Context
 数学・数理とテクノロジーはよく融合されなければならず、そうした学習の場合、その結果価値はより向上する、という証左は多くの調査が示している。単にグラフ電卓を使うということだけではなく、数学学習という文脈のなかでよく融合化された活用が起きることで、生徒たちは、道具の特徴、意義とその限度を知ることになり、そして数理の深い理解向上が起きる。

 この調査研究をとおして、グラフ電卓等の携帯サイズのテクノロジーをどのように活用するか、なぜ活用するかに精通した判断の大切さを、教師に求められる重要な考慮として提起している。
一方、授業におけるテクノロジーの効用ある活用とは?という点では、さらなる研究の必要性を喚起し、さらに、長期にわたる効用についての研究、カリキュラム・リフォームに対し、テクノロジーがいかなる可能性をもっているかいう研究はまだ十分とはいえない。また、公平性への調査、生徒、先生がいだく数学への考え方とテクノロジーとの関係等、今後の調査研究が期待される。



Executive Summary

 米国の大部分の高校において、Graphing Calculator(わが国ではグラフ電卓)とよばれる携帯サイズのテクノロジーは、数学教育、数学学習の一部となっている。2000年の全国的調査によれば、80 %以上の高校数学の教師がグラフ電卓を授業に活用している。同時に、多くの考慮に対し、さらなる検証の必要性もいわれている。
 どのようにテクノロジーを活用するか、そして、それがどのような効果を生んでいるかという観点で、それぞれの意見の違いはさらなる議論を活発にし、多くの調査研究が続いている。そうした状況で研究された180以上の論文に目をとおし、主要な論点、視点として挙げられる5つの設問への示唆、回答となりうるもの43論文を選択した。その精読をとおして、現在、数学教育界で話題となっている Handheld Graphing Technology (携帯サイズのテクノロジー)活用の教育が、中高生の数学学習において、いかなる意義、効用が認められるかを総括するものである。
 調査研究の性質上、個々の調査にある数字をあげての言及は、個々の条件下では正しくても、複数の同様な調査との整合性、同意として証左を考えると必ずしも客観的、普遍的回答としての言及は難しく正確な情報とは言い得ない。そこで、本論文では、主要な質問事項ごとに概括記述として報告している。


What Answers Does Research Give to Questions about the Use of Handheld Graphing Technology?

How do teachers use handheld graphing technology and how is the use related to their knowledge and beliefs about technology, mathematics, and teaching mathematics?

 グラフ電卓活用の授業はこれまでの教授法を変え、数学教育改革の可能性をもっているわけだが、現実的にはその活用範囲は様々である。
 当然のことながら、教師それぞれに、数学そのものに関して、数学学習について、テクノロジー活用価値に対して、また、数学教育とは、ということについて独自な考え方をもっている。
もし、数学をわりと狭く考え、問題解決から答えを得る学習とすれば、そうした範囲でテクノロジーを使っている。もし 数理の深い理解が大事で、数理概念の形成、その理解に基づき結論を導き出すことが大事だと考える教師は、そうした場面でテクノロジーを生徒に活用させている。 同様に、探求活動を強調する考えがあれば、その活動の道具として活用する。すなわち、グラフ電卓が持つ広範な価値を必ずしも全ての教師がフル活用しているわけではない。
 ここに、教員研修の必要性が問われている。グラフ電卓の機能、用途性を理解することだけでは、グラフ電卓活用の価値、真の享受にはつながらない。どのような授業をねらっているのか、どのようなことを生徒たちに授けようとしているのかが問題になってくる。


With what kind of mathematical tasks do students choose to use handheld graphing technology? How do students use the technology to carry out these tasks?

 多くの場合、これも当然のことながら、教師の考え方、ガイダンスに依存し、その影響を受けるわけで、グラフ電卓の活用状況はまちまちである。代表的には、グラフを表示する学習には頻繁な活用がみられ、式、XYの数値表、グラフの3つのアプローチが典型で、グラフ化、視覚化の利用である。道具としての限界を知り、数理、数学の文脈に適切に融合活用されることで理解が深まるという認識が、そうした適切な教師のガイドのもとに進むとき、生徒側の成果が観察される。やはり、いかに生徒の学習を導くかが重要となる。なかには、どんな学習内容でもグラフ電卓をとにかく使おうとする生徒たちもいて、少々問題視されることもある。逆に、生徒たちはどの程度をノートで展開し、どの程度はグラフ電卓を利用するのが不確かな場合において、まさに道具の活用が意味を持つ場面で、活用しきれていないことも観察される。さらに、テクノロジー利用が期待されない場での活用によって、その生徒の思考が広がり、思いもかけない成果が起きることも、数は少ないが報告されている。どのような場合にグラフ電卓を使うのが良いのか?という命題への答えは簡単ではない。とくに、CAS(数式処理)機能付きのグラフ電卓の場合は難しい課題であり、教師の適切な指導が求められる。


What mathematical knowledge and skills are learned by students who use handheld graphing technology? In what ways do students use this knowledge and these skills?

 テクノロジーへのアクセスが頻繁か、あるいはそうでないかによっての違いを見てみる。グラフ電卓を使う機会がないか、あるいは使用機会が限られている生徒の場合は言及しきれないが、一般的に、応用問題を解くことに多くの時間を使っている生徒は、この分野でよい成果を出すし、式展開等に時間を多く割く生徒はその点での成果が見られる、ということをふまえて、以下のことがいえる。多くの調査レポートから云えるのは、グラフ電卓を十分に利用している生徒は、関数の理解、変数の理解、応用問題の代数解に関して、グラフ電卓を利用しない生徒に比べて,その成果が明白である。CAS(数式処理)機能のグラフ電卓を利用している生徒は、その経験がないものに比較して、微積分数理の応用が良く出来ている。紙のうえでの式展開の能力に関しては、グラフ電卓を利用する生徒、利用しない生徒の間に大きな差異は認められない。
 グラフ電卓の頻繁な活用が生徒たちの能力発展に邪魔をしているという証左は報告されていない。
 単純にグラフ電卓を生徒たちに使わせるということだけで、その活用、不活用の効果に差異を見ようというのは不十分である。利用の頻度、時間量も重要な要素となろう。より多くの機会にグラフ電卓を活用することが、生徒たちの学習力に影響し、その成果が出るということがいえる。しかしながら、CAS 機能あり、なしに拘わらず、短期ではあってもグラフ電卓活用は、能力が低く正確さに欠ける生徒にとっては有効である。 
 教科課程、生徒と教師の相互作用、生徒の既習レベル、どのようにテクノロジーを活用するか、こうしたことが、テクノロジーを活用する学習者にとって重要な要素となり、数学の知識とスキルの向上を左右する。自明のことではあるが、多くの研究論文からも言える。


What is gained mathematically by students using handheld technology that cannot be observed in a non-technology environment? In what ways do students use this knowledge and these skills?

 グラフ電卓を使用する生徒たちは、利用しない生徒とくらべて、より頻繁に探求的学習を行うこととなる。彼らはより柔軟にその解決策を探る。そして予測を立てる。式・グラフ・XYの数値表を縦横無尽に行き来しながら。さらに、文字式による表記、操作が自由となり、実際の事象からの数値を快適に扱っている。
 同時に、テクノロジー活用の学習は、数学的概念の誤った理解を助長する危険も含んでいる。例えば、有理数と実数にかかわる理解の混乱、視覚化されたグラフの単純な信じ込み、グラフ画面のピクセルの限度と真の数理にかかわるテクニカルな条件、画面の範囲等に関しての認知不足からくる誤った理解、等々があげられる。このことを避けるためには、コンピュータと同様、グラフ電卓というテクノロジーが完璧で万能な機械であると生徒たちが誤解しないようにガイドすることが大切である。数式を入力するときのシンタックス・エラーなどは、生徒の数理理解が欠けている場合におきることもあるわけで、そうした場合の判断には適切な問いかけとガイドが必要になる。


What impact does handheld graphing technology have on the performance of students from different gender, racial, socio-economic status, and achievement groups?

 男子・女子生徒の違い、社会的な状況における生徒グループ間の違い、あるいは学力の高・低グループの違いに関しての調査研究もあるが、このことは、たいへん複雑な要素がからみ、複数の調査の同位比較は困難である。これといって、普遍的、明快な証左というものは特筆出来ない。そうしたなかで、ある調査では、男子生徒の場合、テクノロジー活用・不活用で差異は見出せないある学習項目において、女生徒にはテクノロジー活用が学力向上に貢献しているとの報告もある。また、別の調査では、低学力の生徒の進展のほうが、中・高学力の生徒に比べて著しいという報告もある。


Implications for Classroom

 これまでの授業の進め方の延長としてグラフ電卓を活用するという教師にとっては、個々人が持っている数学に対する考え方、数学教育への取り組み、授業のスタイルに相当したかたちの、それなりの成果は期待できる。しかしながら、テクノロジー活用の大いなる価値と可能性を考え、授業の改革を考えたとき、単にグラフ電卓の諸々の機能を既存の学習項目にあてはめて“どのように使ったらいいのか”ということではなく、新しい学習のあり方、再考される数学教育の目標、新しい可能性をもった道具活用の理解を深めるうえで、それに見合った教員研修(Professional Development)の必要性が重要である。この教員研修では、テクノロジー活用の価値への期待、それが、それぞれが信じている考え方−数学とは、数学教育とは、授業とは、生徒の習性理解、等々に関して、お互いに議論をする機会を設ける必要がある。先行者の事例をもとに、こうである、こうしたほうが良いという単に、情報伝達の場であってはその研修の役割は果たせない。生徒への一方的講義・演習と同じになってしまう。先述した機器が故の限度、精度、入力エラーの問題等の正しい理解、さらには、その限度が故の逆手の教授法的利用が肝要となる。(訳者注:例えば、グラフ電卓では画面のX・Y軸の範囲の設定は自動ではない。ある種のPCソフトウエアのように、自動調整してしまうと、生徒たちの学習機会を奪ってしまうことになる。)教える側としては、そうした道具の事情、教育的内容をよく理解しておく必要がある。さらに、生徒たちの学習における心理的、行動的習性を掴んでいなければならない。生徒たちにとっては、道具のもつ単純さと限度が故に、学習するうえでは、むしろ教育的価値、すなわち理解を深める機会となるわけで、このあたりの十分な理解が教える側には求められる。

 テクノロジー活用とは別に、教科教程の欠点からくる数学の難しさがある。例えば、グラフ電卓を使う使わないに拘わらず、総じて生徒たちは代数が苦手である。そこには、学習事項をどのように教えていくのがよいのか再度見直す必要があろう。また、生徒が電卓を適切に利用するケース、あるいは誤った活用をとおして数理理解の不完全さを観察することもできる。生徒たちのグラフ電卓利用の行動、習性を深く理解することで、教師は適宜、数理理解を深める最適なテクノロジーの活用を導いていくことになる。

 グラフ電卓を所有する生徒は、当然、その道具がなんであるか、何が出来るか、出来ないかを深く理解することになる。必要に応じて常に活用出来ることで、学習に良い効果が出ていることからすれば、全員が所有し、活用できるような努力が求められる。ただし、学習する内容の違いに応じて、あるいは、理解の性質の特殊性から、テクノロジーから離れた学習が適切なことがあり、教師の力量が求められる。クラス全員にたいして公平な、道具へのアクセス機会に対しては十分な配慮が望まれる。そうした上で、教師は生徒たちの活用パターンを掴むことになる。その観察のなかで、もし、定性的な違い、特徴が見られれば、それぞれの利用パターンが起きる原因は何か考察が必要になろう。ある場合は、単純に生徒たちのトレーニングが必要で、またある場合には、グラフ電卓活用そのものの基本的考え方を見直すことも必要になってくる。そして、テクノロジー活用の教授法を改善し築き上げることになる。


Future Research


 この調査研究で、グラフ電卓活用の効果に関して、これまでの多くの研究成果を学んできたわけであるが、いずれにしても、この種の調査研究としては端緒にあり、今後、より広く、より多くの学校で、学習内容という視点からも、より一般化出来るような観察と証左が求められる。また、ときには、ある特殊なケースをも観察研究することが望まれる。広範囲の調査、特異分野の調査と、できるだけ多くの事例のなかで、ある種普遍的にいえることが、ある特殊ケースのなかの関連としても発見できよう。いづれにしても、一つの調査研究からは、何かを断定出来ないわけで、今後、数を重ねていくことで“知識ベース”となりうる。
 
 今後のさらなる研究によって、単なるデータ集めや観察ではなく、グラフ電卓活用の意義、その教材コンテンツ、テクノロジー活用の深い視点を含み、より鮮明な文脈というか、意味づけが見出せよう。テクノロジー活用における学習者の特質を良く捉えた道具のあり方、こうした調査研究にみられる要素・要因をふまえたより適切な道具が望まれる。

 このような研究にはいくつかの要件がある。グラフ電卓活用の研究とその調査報告は、生徒の学習成果に深く関連したかたちの調査研究のデザインが大事である。被験者としての学習者のグループ間における比較が必要で、それは、テクノロジー活用方法の違い、テクノロジー活用グループと利用しないグループの違いというように。いろいろな状況の中で、同じグループ内での比較、グループとグループの比較。グラフ電卓活用で、使用時間、頻度の違い。常に活用し、何年間も使用している生徒、使い始めて間もない生徒。この累積してくる経験から出てくる反応はそうでない場合と大きな差があり得る。グラフ電卓活用グループと利用しないグループとの比較では、特に明白な背景の違いを大事にしたい。道具の有無ではなく、教授法の質の違いが影響してくる。

 テクノロジー活用の授業に関しての調査研究というものは概して明白さを欠くことが多い。それぞれの調査はある種特別な状況、条件が左右することになり、普遍的全体像という断定は難しい。そして、多くの場合、調査研究それぞれの関連性を欠くようだ。
グラフ電卓活用ということは一つで独立したことではなく、他の多くの要素とからみあっている、すなわち、複雑な要因と複雑な環境とからんでいる教育、学習プロセスの一部である。このことを踏まえて、他要素との関係を把握した調査研究であるべきと考える。

 多くの教育者が指摘しているように、グラフ電卓等、携帯サイズのテクノロジー活用は教える側、学ぶ側にとってたいへんな効用性と可能性を秘めている。今後さらに進められる調査研究は、学習者を支援するいろいろな手立てとそのガイドを示唆してくれる。いくつかの重要な調査すべき内容を明らかに、クラスでの実践結果を見ながらの厳正な調査研究によって、数学教育の改革へ、いかにグラフ電卓タイプのテクノロジーが貢献していくかを知ることになろう。
(2002年7月 根岸秀孝)

 

     



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