Handheld Technologyの意義と展望
<各国の動向から見えてくるテクノロジー活用の教育的意義、価値>



第34回日本数学教育論文発表会 2001年11月23日 於 東京学芸大学  口頭発表原稿 根岸秀孝
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 グラフ電卓等Handheld Technology活用の教育がわが国に紹介されてから8-9年が過ぎようとしている。欧米各国、アジアの国々でも、テクノロジー活用を解決策とした授業の改革が進展している。本稿では、そうした各国を眺め、数学教育における探求学習、動機付けエネルギーであり、授業改革の触媒ともいえる“テクノロジー”という教具活用の意義、そして、今後の展望を考察する。


1.各国の動向

1989年の米国NCTMのスタンダード、2000年のNCTMプリンシパルからも明らかなように、米国の数学教育界ではグラフ電卓活用が授業改革牽引の一つとなっている。他国をみてみると、その進捗が著しい国として、カナダ、オーストラリア、スカンジナビア3国、ポルトガル、フランス、スコットランド等が挙げられる。現在この新しい授業の体験中なのが、ドイツ、ベルギー、メキシコ、シンガポール等。パイロットスクール設定で検討を始めた国々は、中国、韓国、ポーランド、イタリア等である。さて日本では??
オハイオ州立大学のBert Waits, Frank Demana両教授がリードする研究グループ、そして教師研修団体T^3の“想い”「コンピュータのパワーを全ての生徒の手に」が世界に進展している。グラフ電卓はもはや電卓と呼ぶことが相応しくない教具で、むしろ“数学コンピュータ”と呼ばれるべきである。数学教育改革に熱心な各国を観てみると、その狙いと視点には共通する点がたいへん多い。

.社会生活における数学学習の大切さの認知を基盤に   
.数学的見方・考え方の養成を大事にし、問題発見力、解決力を培う。
.身の回りの現象を題材にする学習を通して、数学への関心を深める
.知識の教え込みからはなれ、生徒の自主的思考、探求を大事にする。
.これらを実現するためにテクノロジー を積極的に活用する。

こうした改革には、テクノロジー無しでの授業は考え難いというのが各国の教育者の言である。もちろん、何もかもテクノロジー活用ということではない。紙と鉛筆による伝統的学習、メンタルスキルともいえる暗算、構想能力、これらの“バランス”を大事にしたカリキュラムを求めている。
米国の改革は早くも10年以上経ち、SATの成績向上が認められている。高校のAP-Calculusの授業では必須の道具となり、通常のクラスでも著しく浸透している(高校3年生の6割強が自分のグラフ電卓を所有)。


2.何故テクノロジー活用か?
PCであれ、グラフ電卓であれ、テクノロジーという道具がある。「さあー、どう使おうか?」では本末転倒である。先ず基本となるのは「どのような授業をしたいか」である。   
TIMSS国際比較でも明らかなように、わが国の生徒たちの数学嫌いは極めて由々しき状況である。中学2年生の比較、「数学が好き、嫌い」の問いで日本の生徒は数学嫌いが52% (国際平均27%)、調査対象38ヵ国中37番目。これは、数学教育界における“負の資産”、これを放置することは“負債の先送り”といってもよい。ここで、大阪の進学高校、清風学園数学教育研究所の公庄教諭の指摘を紹介する。

・教育の最も重要な目的は「人の心に火をつけること」である。
・一度点火すれば、止めても止まらない、面白さの虜となり、自分で勝手に学びだすであろう。
・そのためには「驚く」チャンスがなくてはならない。

学問探求の動機付けとして大事な「驚き」、「感動」を与える授業の大切さを彼は説いている。さらに、数式処理システムをもつTI-92 で授業をして3年になる同教諭の言葉;

・これまでの教育は,知識の詰め込みのために「覚えること」「練習すること」が中心でした。  
これは受け身の学習です。試験が終わればきれいに忘れ去られる内容です。
これからの学習は「作ること」「鑑賞すること」「発表すること」が大切です。これらは能動的な学習です。

ここで、もう一つの重要な記述を紹介する。
早稲田大学、杉山教授の論文(1999年)から;

・数学の学習に、数学を「作る」「分る」「できる」「使う」があるとすれば、今までは 中の2つであった数学教育が、今、両端になりつつある。

まさに「どのような授業をしたいか」への啓発である。ここにテクノロジー活用の意義がある。


3.今後の展望
最近米国で試みが始まった授業で“クラスネット”という仕組みがある。4,5人のグループに分かれた教室で、各グループの机には無線LANのハブ(小さなボックス)が置かれる。このハブに各自のグラフ電卓(現在市販されているもの)を40cmほどのワイアでつなぐ。無線のハブをとおして教師のPCと各自のグラフ電卓がつながり、クラスネットが形成される。無線LANである。授業のなかで、小テストを一斉に配信し、その正答率も瞬時にクラス全員で共有できる。教師としては、いつも発言のある生徒の学習進展状況はよく認知できる。しかし発言が少なく目立つ行動を避ける生徒もいる。その生徒のなかには、たいへんユニークな発想をする子もいる。このサイレントな発信が即、クラス全員の財産として共有できる。生徒各自のグラフ画面は先生のPCでモニター出来るのである。“情報の同時共有化”である。グラフ電卓というテクノロジーは立派な情報化ソリューションとなる。    
さらに、ビジネス用途に出回っているPDAと称する携帯情報機器利用の実験的授業が起きている。他教科にも使えるクラスネットの構築である。しかし、現場からは多くの改良の必要性が指摘されている。現行のPDA製品利用の解決策は成功しない、と筆者はみる。
ではどうなるか?機器、システム、ソフトの最適化、画面の大きさ。教室用の新しい情報機器としての開発が望まれる。生徒の機器それぞれと教師のPCを含めて、無線クラスネットが構成される。教科、教材は無限である。外部の情報ともネットされる。さらには、生徒一人一人の機器がIDとなり、教科の改革だけではなく、学校運営そのものの情報化が起きてくる。グラフ電卓活用は将来につながっている。
‘十年一日のごとく’毎年繰り返しの授業から早く抜け出し、“生徒たちの目と目が輝く授業”が望まれる。         
     
引用、参照
・「高度情報社会に対応する数学教育カリキュラムの構想」
 平成10年文部省科学研究費補助金・基盤研究(A) 課題番号08308014 杉山吉茂
・「新しい教科書への思い」www.seifu.ac.jp 公庄庸三
・「数学教育を想う」www.edu-negishi.com  根岸秀孝 
・「Hand-Held Technology in Mathematics and Science Education: A Collection of Papers」
Edited by E D Laughbaum, Ohio State Univ.  (論文集)
・「TI-Navigator」 http://education.ti.com/    


 
     



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