自主と工夫が求められる数学教育
ニュースレター "Technology In Education" Spring 2001 Vol.18 発行元Naoco Inc, より転載
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こども達は みんな‘チョウ’になれる。いろいろなチョウがいるのがいい。
ひとりひとり 立派なチョウとして それぞれの世界にとんでいけばいい。
数学学習にこころを閉ざしきった‘さなぎ’のままで学校を終えてしまっては・・・


平成14年度から始まる新指導要領のもと、各教育行政機関、学校長に求められるのは、これまでの“役割を守る”立場から一歩も二歩も踏み出して、あらゆる教育場面でいろいろな創意工夫、改善を試みている積極的な教師を支援し、自らも、創造的革新を実行していくことです。子供達の個性と自主性を培う教育が求められて何年もたちますが、ここにきて、教えを授ける側にも要求されているのが個性と自主性といえます。
とはいっても、教育行政の方達にとっては、これまで何十年と続いてきた文部省(文部科学省)主導の全国一律的施策の呪縛から抜け出すことは容易ではないでしょう。しかしながら、行政人、学校管理者、教師、両親、教育に携わる企業人と、各人それぞれの立場での変革が無くて教育の改革は起こり得ないのでないでしょうか。
少数ではあったとしても、これまで、各教科の先生達は、生徒達を動機づける授業、教材の工夫をしてきたと思います。それは、基本的に、知識を単に覚える学習から、考える力を大切にする学習態度の改善、生徒達の自主的学習意欲を高めるということであったといえましょう。今回から、このニュースレターを通して、特に数学教育の改善、改革に関して、世界各国の動向を含め、いろいろな事例を交えながら、教育に携わる皆様といっしょに考えていきたいと思います。

現在、各国で進んでいる数学教育改革をみてみると、国の文化、教育の歴史にそれぞれ特色をもっている中、その解決策は共通する点がたいへん多いのが特徴です。代表的には;

 ● 社会生活における数学学習の大切さの理解を基盤に
 ● 数学的見方・考え方の養成を大事にし、問題発見力、解決力を培う
 ● 身の回りの現象を題材にする学習を通して、数学への関心を高める
 ● これらを実現するためにテクノロジーを積極的に活用する。

ということになります。

このことにプライオリティを置く教育にとっては、学習内容の削減もやむを得ないといえます。さらに、習得レベルによるクラスの多様化が必要でしょう。多くの学習内容を盛り込み、限られた時間の中でそれを消化することをやってきた授業で、いかに多くの、数学学習に心を閉ざしてしまった生徒を何年もの間送り出してきたわけです。(国際比較 TIMSS − 中学2年生の比較で、日本の生徒は、「数学が好き、嫌い」かの問いで、数学嫌いは52% (国際平均27%)、調査対象の38ヵ国中37番目)。このことを問題視すべきだと考えます。

先生方の間でよく耳にする言葉に、“大学受験が変わらなければ……” ということがあります。こうしたことが理由となって大事な授業改革に遅れをとってきた、これが我が国における教育問題の一つであるようです。このことに挑戦してきた学校があります。大阪の私立清風高校です。この学校のホームページにたいへん価値のある情報があります。清風学園に付属する数学教育研究所所長の公庄教諭が行ってきた“テクノロジー活用の数学授業”(
MTT Mathematics Thinking with Technology)、その3年間の成果が、生徒の感想文としてホームぺージ( http://seifu.ac.jp/math/Resources/MTTimpres.pdf )で公開されています。そこからの引用ですが、生徒達の言葉です;

● ……… まるで自分が数学的大発見をしたかのような気分が味わえました。
● いろいろな人のレポートを見て、みんなすごいことを考えてるなぁと思った。……… どうしてそうなるのかなを考えてみたりしていた。
● ……… というのは自分としては1つの自分で決めた目標についてそれを追求していくことの大変さ、面白さを学べたからだ。
● しかしながら、ものを考えるということは楽しいもので興味が湧いたものを何時間も考え、レポートにまとめていくという作業をしていると、今まで感じたことのなかった数学(考えること)の楽しさを始めて知りました。……… メチャ充実感でいっぱいです。
● 僕はこの機械を通じて教科書から学ぶ数学と違った角度から数学を学ぶことができました。特に、………
● この機械を使った授業で、僕は一定の課題が与えれた中で工夫し努力してさまざまな答えや、求められるひとつの答えを出すという今までにはない経験をしました。それは非常に楽しくもあり答えにたどりついたときは快感でした。これはまた数学の楽しみの1側面であるということも思いました。
● この機械を使って数学を勉強して、数学の公式の根源や意味などを知ることは大切だと感じました。

これ以上引用するよりは、是非、このページを訪れて子供達の心からの感想に充分に触れていただきたいと思います。
いかにテクノロジー(このクラスはTI-92という数式処理ソフトをもったグラフ電卓を活用)という道具が生徒達の自主的学習に役に立つかという立証の一つでしょう。公庄教諭によれば、“いかに生徒達に、自らの学習のやり方を身につけてもらえるか”を大事にし、数学の場合、理解度を深めるテクノロジー活用は、受験であれ、数理の理解度であれ、生徒達が本来もつ可能性の引き出しかたが大切だということでしょう。この生徒達は今年4月それぞれ志望の大学へ進学しました。因みにこのクラスは大阪大学理系に全国一の生徒数を送り出している、いわゆる進学校の生徒達です。筆者は実際この授業を参観し、創意工夫に満ちた教材を知り、また公庄先生の発表を通して、実に多くの改革への可能性を認知させてもらった次第です。上記の感想文のご一読をお勧めします。こうした改革の一面と同時に、テクノロジー活用の授業は、これまで数学クラスへの出席を拒むような生徒達、そうした学校での改革実践にもたいへん役立っています。さらには、中学、高校の先生達がそれぞれの状況、立場で、教材を工夫し、数学授業の改良模索しています。やはりグラフ電卓というかたちのテクノロジー活用の実践です。

何年か前、先見性ある視点から、一部の大学の先生、行政の努力により、文部省の理科振興法の助成金によるグラフ電卓の学校購入が可能になりました。当時、日本の電卓メーカーのグラフ電卓が広く採用されることになりました。結果として、このことにより、我が国のテクノロジー活用の数学授業にブレーキがかかってしまったともいえる状況が観察されました。PCの導入期にもあったように、テクノロジー導入に関して先生方の準備が十分でない状況で、“ハード先行”の現象です。技術者が開発した、技術者のためには優れたグラフ電卓も、学校、それも授業という環境の中では、先生、生徒にとって、その操作、教育的ソフトウエアの些細な違いが故の、大いなる差があったのでしょう。数学教育界におけるグラフ電卓の評価を大いに落すことになりました。それ以降、“電卓”という語彙に含まれる計算能力への心配という印象から、我が国の掌サイズのテクノロジー普及は、各国の進展に比べて、大いに遅れをとってしまった経緯がありました。ここでもう一度、数学教育の改革を考えるとき、生徒自身の学習の手助けとなる掌サイズのテクノロジー、すなわちグラフ表示ができる関数電卓、数式処理(Computer Algebra)の機能をもった道具活用の意義を再評価すべきときに来ているのではないでしょうか。

子ども達にとって、数学学習は苦手かもしれません。しかし、この価値ある学習機会から、多くの子ども達を遠のけてしまうことだけは避けなければならないというのが、国際社会に確かな立場を築こうとする我が国の教育のさだめではないでしょうか。それぞれの立場を超えて、いっしょに考えていきましょう。(HN)
                              
                               
     



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