韓国、中国で進む数学教育改革
Changes of Math Education in Korea / China
 
根岸 秀孝
東京理科大学数学教育研究会会誌
vol43-no1, P137-P140掲載原稿 4/2001
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 これほどの違いが起る背景は何だろうか? 韓国、中国と、我が国の教育には多くの類似点があったと聞く。 特に韓国との類似点は多いようだ。 文部省主導による教育システムが広く全国におよび、均一な高いレベルを保ってきた。 大学入試の良し悪しの観点からも、ある意味で同様な問題を抱えてきた。
しかし、最近になって、学習指導要領の改定を機にその違いが表れてきた。 基調となるところでは、かなり共通した狙いが観察されるのだが。 すなわち、現実の事象、日頃の体験と結びついた学習、数学的考え方を大事にし、創造的な思考を育むといった点である。


韓国のカリキュラム・リフォーム :
韓国における教育改革は、我が国と同様に、学習指導要領を柱にして進められている。 第6次から今般実施の第7次学習指導要領への移行において、経済危機にみまわれたことにより、第7次の創案、準備、実施までには、通常以上の年月が要した。 本来ならば、1997年を目指していたわけであるが、この間に修正、改良が加えられ、実際には2000年春、小学校でスタートし、2001年に中学1年、2002年には 中学2年、3年、2003年の高校という順でそれぞれ新教科書により実施される。
数学学習目標の特徴を端的にのべると次のような点を大事にしている。 (注:意訳であって、韓国語からの直訳ではない)

1)個々の能力、潜在力、将来の可能性
2)基本的な数学学力
3)活動的学習
4)数学への関心と自信
5)コンピュータ、グラフ電卓等の活用
6)学習、教授、評価における適切な、かつ、諸々な方法への工夫

これらを基盤に、日常生活に結びついた問題、現実の事象を題材に数学することを記している。 そして、情報技術等で変化していく新しい社会に対応した数学教育を考えてテクノロジー活用を重要視している。 当然、コンピュータ、計算機の活用が明示さている。
この内容をみると、我が国の目標と比べて相当似ていることが理解できよう。 実際、この2年間の頻繁な訪韓視察からいえることは、その方針に基づいた新しい方向に向かって、創造性をつちかう数学教育とはなにか、テクノロジー活用の授業とは、その効果は? といった研究活動が、大学の研究室を中心に実験授業とともに起きている。 今年3月から始まる中学1年の教科書は検定後、数冊が最終的に残った。 文部省からの要請で機密を保ち委任された大学の教授、教師による委員会が形成され、審査が進んだ。 予備選定された教科書に彼らが注文を出し、テクノロジーを学習の道具としてより一層活用するようにとの変更があり、教師用の教科書解説書が編纂された。 しかしながら、よくあることではあるが、過去の慣習からの脱皮は充分といえず、審査委員会ではその改革度合いに対しての不満が残るものとなったと聞く。 これを踏まえて、中学2年、3年、高校1年の教科書ではさらなる改革が盛り込まれるという。 数学の場合、高校1年の教科書までは何社もの教科書出版社が編纂したものから審査、選択されて使われる。 我が国でも観られるこうした複数の教科書出版社による競合がゆえに避けられない事情 “改革へのブレーキ” を考慮し、文部省では思い切った施策を高校の教科書開発に課すこととなった。 確実な指導要領の主旨実現にむけて、高校2年、3年で教えられる教科−実用数学、数学I、数学II、微積分、確立・統計、離散数学と選択科目もふくめ、執筆責任者が指定されることになった。 すなわち、各科目とも教科書が1種類となる。 すでに大方の執筆責任者が選定されたようだ。 たとえば、微積分は xx大学のyy教授が執筆責任者となり、その草稿が教科書審査委員会の検討を経て発行される。 ここに、ある種の危惧が存在するとの意見もあろうが、改革の方向を確実に実行する強い意志が重視されている。 教科書会社間の競合が故の販売事情からくる “改革へのブレーキ”、妥協と自己規制の危惧を無くすものと思われる。


韓国の大学入試 :

2002年度実施の大学入試改革が計画されている。 現在の全国共通試験の結果のみで、合格・不合格が決まる方法を改め、むしろ、米国のSATのように、高校での履修資格ともいえるテストに変えていく(College Scholastic Ability Test‐CSAT)、(学は全員必須、学部により上位数学科目は選択)。
数このテスト結果と、高校での学習成果、すなわち、毎学期の学習進展の個々の評価、部活動その他学内の活動記録、さらには学外での活動と資質、外部資格認定(例えば英語検定試験等)、教師、校長の推薦状を広く適用する仕組みとなる。 各大学では2次選考として受験生との面接、小論文提出がオプションとなり、各大学にまかせられる。
この大学入試をにらんでの新しい高校教育への脱皮、改革が要求されている。 教師に求められるのは、これまでのように単なる学期毎の試験結果重視で成績評価が出来ないとされる。 すなわち、一方向的な講義形式による知識の伝達と、その定着を試験という形で確認する一義的な成績主義からの脱皮である。 このことは、とりもなおさず教師に対する新しい資質の要求となる。 講義形式による伝統的な授業から脱皮し、生徒一人一人の学習機会を創出し、考える学習、体験し活動する学習、お互いに意見交換する学習のなかで、それぞれの学習進展の機会が望まれ、その進展を成績として記録することとなる。 授業のなかで、生徒個々人の伸長への支援、その公正な観察と記録が求められる。 数学では、計算機等テクノロジーの有効活用が促進される授業となろう。 事実、去年12月末から1月末(冬休み中)にかけて、釜山市で行われた第7次改革のための数学教師研修(主任級教師対象)では、25日間延べ180時間の研修が行われた。 そのコースのなかで、テクノロジー活用の授業を促進する講座が30%に及ぶ。 それもグラフ電卓が主体。 これは、文部省の管轄で各県 (韓国では道)の教育庁・教師研修所が実行する全国的な研修で、他の地区でもそれぞれ独自のコースで同様な規模で行われる。
この新しい大学入試の仕組みに、我が国のAO入試的な策を観るかもしれないが、むしろ、AO入試における教師への負担軽減ともいえる状況とは逆で、教師側に求められているのは、教育とは何か、学力とはなにか、生徒に対する教師としての責務、役割とは、という問いかけと、その実践が一層求められる仕組みとなろう。 この新システムへの移行にとって重要になるのは教師研修であるとの考え方は教育系大学教授、文部行政官のあいだでは深く認知され、 先述のように研修が実行される。


中国の進展 :
昨今、ソフトウエア技術者の躍進がめざましい中国でも新しい教育方針のもと、新指導要領が定められ、これにむかって、地域教育委員会、師範大学を中心に、改革が進行中である。
学習指導要領の狙いは明快だ。 数学教育の改革を、これまでの講義中心の知識伝達(Teach)から、生徒自らが学習(Learn)する場をどう設定するかという改革だ。 数学教育で、質の高い教育とは? 生徒の学習を中心とした授業とは? テクノロジーでそれをどう実現していくか? そうした観点を大事にした努力が始まった。
北京、上海の両大都市を筆頭に教育委員会、師範大学、教師研修所(TTC)がリードをとり、グラフ電卓活用が教育上どのように価値があるかといったことを研究し、各地ともに約30校ぐらいの高校をパイロット・スクールとして選定し、実験教育が進行している。 ここで大事なのは教師研修である。 使われる教材は師範大学を中心に現場の教師が参加する研究・研修活動のなかから開発され、その結果が、パイロット校での実験授業に使われる。 されにそれを改良していくことで新しい教科書になるという狙いだ。 文部行政の認知のもと、活動が進み、 1年後の成果が期待されている。 このように、文部省、教育委員会、師範大学、教師研修センターが本腰をいれて、準備、研究をしている点、我が国のグラフ電卓活用状況とは相当に違っている。 パイロットスクールになるのは校長の判断で、とりあえずはPC等の予算から、生徒用のグラフ電卓を学校の一括購入でスタートする。 彼らは、PC 1台の価格で、何台ものグラフ電卓が購入できるといった判断で教育投資が起きていると聞く。
一般的に、かつての中国教育界は、日本の教育行政、システムに関心があったようだが、昨今は、米国、カナダ、欧州のそれをたいへん熱心に参照している。日本を飛びこして。


T^3 International Conference :
今回で第13回、テクノロジー活用の数学教育では米国最大の会議がオハイオ州コロンバス市でこの3月16日から3日間、開催された。 約70名、24カ国からの参加者を含み2500人を超す集まりだった。 開会は、元宇宙飛行士、上院議員、現在National Commission on Mathematics and Science Teaching 委員長の John Glenn 氏の基調講演で始まった。 21世紀の情報化社会に生きる次世代の子供たちにとって、数学、科学教育の大事さを訴え、集まった先生たちへの大きな期待を語った。 外国からの参加者のうち、中国からは北京市の教育委員会(教育院)の4名を含み15名の参加、韓国からも文部省管轄研究所からの参加を含み数名。 日本からはT^3 Japanの代表をされている一松信先生他数名の参加。 中国からの参加者を代表して、教育委員会の人が、彼らの取り組みを発表していた。 そのなかで、大事にしている3点を記す。

1)“Student Centered” Education
2) Enhance Creativity Building
3) Improve Teaching Methods with Technology

中国、韓国の行政官を含んだ調査研究の真剣さが観察された。 彼らは現在進行中の改革にあたり、米国、欧州での進捗を実に深く調べたようだ。


何が違うのか? :
中国、韓国、日本での教育を比較する場合、英才教育学校の存在について触れなければならないが、ページ数の都合上ここではふれない。
世界の国々における数学教育の改革には共通点が多い。 むしろ違いを指摘することの方が難しい。 どの国でも、どうすべきかとの願いは共通する。 違うのは、変化を起こす勇気があるか無いか、実践に移すか否かということになる。 文部行政、大学、学会がいかにリーダーシップをもって目標に対しての実践、実行を設定し、予算をつけていくかにかかっている。 我が国では各自治体、学校単位の自主性を大事にするという考え方が聞こえているが、はたして.....
これまでそうした環境になかった状態で、急にそのような方針があっても、各県の教育行政官、校長にとっては相当な挑戦となろう。
皆でいっしょに考えていっしょに行動するというよりは、必ずや、その改革に対して誰かリーダーが存在し、教育行政、教育実践が実行されていくということではないだろうか。
日本でもかつてはそうであったように、韓国、中国では、先生自身がもつ教師職への強い誇り、親が感ずる教師への敬意はしっかりとしているようだ。
米国と日本の教育を観察して10年、韓国の教育を観察して4年間、思うのは、韓国においても今後 4-5年には、登校拒否、学級崩壊、17歳の犯罪、等々、同じようなことが起こらないとも限らない。 そうしたことが起きても不思議ではないほど、今の世代には世界共通な価値観、行動が見られる。 しかし、現在の変化への意気込みをみるにつけ、韓国の潜在パワーと、変化への対応の速さには感心せざるを得ない。

米国の企業に勤める筆者の観察では、特にハイテックと呼ばれる企業に、アジア系の新人が活躍している。 インド、韓国、中国から留学し、こちらに勤める優秀な人材の増加が目立つ。 それに比較すると、日本人の若い技術者は実にすくない。
TIMSS国際比較が広く伝達され、大学生の学力低下が話題になっている。 筆者の暴言は“試験の成績で計れる学力は落ちてもよい。でも、数学学習を毛嫌いする子は最小限にくい止めるべき。” 「嫌い」と自分で烙印を押してしまってはそれで終わり。 我が国の子どもたちの数学嫌いは第一級である (TIMSSの態度調査参照)。 嫌いでなければ、いつか必要を感じたときに学習する力を子どもたちは持っていると信じる。 数学学習をとうして得ることができる考え方が、将来に関係する。 米国はこのことを国家として真剣に捉え、解決策を考えている。
一般に、新しい方法には、その有功点とともに、憂慮される点が存在し続ける。 この憂慮する点を拡大解釈し、変化に躊躇するところに改革は生まれないのでは。

(注:本稿は、一部の先生方に見てもらった拙文資料をもとに、さらなる見解と意見をまとめたものである。 Ohio州 Columbus にて草稿)

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